眠れない夜に聞く谷山浩子さんと昭和の短波放送

「真夜中ひとりでだまっていると」というのは谷山浩子さんの「銀河通信」の歌いだしである。

宇宙の遥か彼方にいる友達とつながる孤独な魂の歌。
少しさびしくても勇気づけられる、壮大で美しい曲だ。
特に深夜は「眠れない夜のために」に収録されているピアノ弾き語りバージョンが心に響く。
僕は夜ひとりでいるとき、無性にラジオが聞きたくなることがある。
谷山浩子さんの美しい声が一番聞きたいけれど、無理ならば誰でもいいから人の声が聴きたい日もあるのである。
アメリカではFM局がやたらと多いのだが、40局あってもどこも似たような音楽を流している。
おちついた人の声が聞ける局があると思ったら、大概はキリスト教の説教チャンネルであったりする。
二千年前エルサレムでイエスが何したか多少興味はあるが、それより今日隣の州で起きた銃の乱射事件の方が気になるのが人情である。
ニュースや普通のトーク番組がほとんどない。
谷山浩子のオールナイトニッポンみたいなやつが、聞きたい、聞きたい。
ということで、日本から持ってきたソニーICF-SW22。
部屋の天井に近い両端の壁にフックを取り付け、本当は高周波用の玉子碍子がいいんだけど、などと考えつつ7mのリールアンテナを渡して、一方の端を垂直におろして逆L字型アンテナ

の完成。
逆L字型アンテナ。
この響き、とてつもなく懐かしい。
中学生のころ親から買ってもらった松下のクーガー115というラジオが宝物だった。
当時の中学生高校生の間ではBCLがはやった。
家の屋根に上がって海外からの短波放送を聞いた。
良く聞いたのはラジオ・オーストラリア、VOA、BBCの日本語放送でだった。
日本時間夜7時に「ハハハハハ、ホホホホホ」とワライカワセミの鳴き声ではじまるラジオ・オーストラリアは9.76MHzと、いまだに周波数まで覚えている。
数字だけひたすら読み上げる北朝鮮の暗号放送も聞こえた。
当時はインターネットも携帯電話も、ファックスすらなく黒電話が一家に一台という時代。
昭和だぁ。ほんとに昭和だった。
海外の放送が比較的単純なアンテナとラジオで聞こえる短波放送は異次元の世界へ開かれた窓のような気がした。
電波が届くためには、地表と100km上空の電離層との間を何度も電波が反射してこなければならない。
その電離層の状態によって遠くの国からの放送が聞こえる日も聞こえない日もある。
太陽の活発さを現す黒点数によっても短波の伝わり方がかわる。
ラジオを通じて宇宙の鼓動さえ感じる気がした。
昼間は太陽からの紫外線が強く短波を反射する電離層ができないため遠くの放送はほとんど聞こえない。
日暮れから夜が深くなっていくとともに、ザーザー、ピロピロとあやしい雑音やモールス信号の奥底をかき分けて遥か遠い国から人の声が届くようになるのである。
イギリスのBBCからの放送が聞こえてひそかな優越感にひたっていたら、後で香港の中継局からの電波だとわかってなんか萎えた記憶がある。
ヨーロッパの放送はかなり状態が良くないと聞こえなかった。
いま僕はアメリカの東海岸で日本人の声を探してダイヤルを繰っている。
英語局が多いが、スペイン語、ロシア語、フランス語、アジア系の言語というと中国語くらいしか入感しない。
と、突然きた。
夜11時を過ぎたところで日本語きた。
NHKワールドだ。
この周波数と時間帯であっているか、NHKのウェブサイトで調べよう、と、ワイヤレスLANでつながっているパソコンのブラウザーを起動した。
このときなにか違和感のようなものが一瞬脳裏を横切ったのであるが、久しぶりの短波受信で懐かしさのあまり興奮しているので後で考えることにした。
あったあった。NHK日本語放送は49メーターバンド、5.91MHzでフランス中継で中米向けの放送らしい。
苦労して探り当てた日本語放送だったが、しかし内容が。。。
NHKのど自慢が延々1時間。
その後ほんの少しだけニュースがあり、そのニュースもほとんど海外のニュース。
日本国内のニュースがもっと聞きたかったのですけれども。海外ですから。
そのあとは「途中からですが」と丁寧にお断りされたうえで、野球中継が30分ほど。
一体誰が4回表から30分間などと中途半端な野球の試合に興味があるというのだろうか?
ちょっとまてよ。
先ほどの違和感。
ネットがブロードバンドでつながってるんだから、パソコンでラジオくらい聞けんじゃねーの?
だよね。
ありました。検索したら海外で日本のラジオを聴く方法が。
なーんだ。
でもね、なんか簡単に聞けるとわかったとたんに急に興味がなくなってしまいました。
夜中なのに竹橋で渋滞3キロとかお昼の交通情報言うてるし。
昭和ロマンの世界から突然現実に引き戻された気分。
こっちはまだ日曜日の夜なのに、もう月曜に仕事してる気分になりそうだったので切りました。